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No 21
Date 2008・07・21・Mon
誰からも感謝されないのは・・・誰からも感謝されないのは、悲しいですね。もしも、こんな人のことを思い出したら、感謝の言葉を贈りましょう。その人の人生が明るくなるから。あなたの心も明るくなるから。
ウィリアム・L・スティッジャーは、30年前の担任の教師に、生徒だった自分をいろいろ励ましてくれたことを感謝する手紙を書き送った。その翌週に返事を受け取ったが、震える字でこう書いてあった。 「ウィリアム、あなたの手紙は私の人生にどんなに大きな喜びを与えてくれたことでしょう。私はもう80代の老婆です。小さな部屋で一人きりで食事を作って、寂しい暮らしをしています。まるで枯れ木にかろうじてつながっている最後の一葉のようなものです。ウィリアム、これを聞くとびっくりするかもしれませんが、50年間、教師生活をして、感謝の手紙をもらったのは、あなたからの手紙が初めてでした。あなたの手紙は、ある寒い朝に届き、この孤独な心を慰めてくれました。こんなに幸せな気分になったのは何十年ぶりのことです。」 |
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No 20
Date 2008・07・21・Mon
祈りが起こす奇跡遠い昔から、祈りが無数の奇跡を起こしてきました。自分や家族や親しい人、様々な状況のために祈ることは、単有る「気休め」をはるかに越えた行為です。あなたも経験してください。何が起こるかわからないこの世の中、そう思うなら、なおさら、「祈りで支える」ことの大切さを知ってください。
その奇跡を経験した人の例を以下に紹介します。 私達の祈りはどのようにして答えられるのだろう、と疑問に思ったことがきっと誰にもあると思います。でも、その疑問に終始符を打つような出来事があったのです。 私はある真夜中、突然目を覚ましました。非常に現実的な夢を見て、その一番恐ろしい部分で目を覚ましたのでした。夢の中で私は車を運転していました。そして子供をはねてしまったのです。そのショックは生々しく、本当にいやな気持ちがしたので、私はベッドから出て、ひざまずき、天の父に祈って、決してそのようなことが起こらないようにと願い求めたのでした。すると、まるで重荷が取り去られたかのように、私は再び眠りにつくことができたのです。 そして、翌日の午後のことでした。私がハンドルを握って、ワース・ストリートを時速40キロほどのスピードで走っていました。すると、全く突然に、どうしてもブレーキを踏まなければ、という気持ちが込み上げてきたのです。だから、私はブレーキを踏みました。 しかし、急ブレーキのせいで、同乗していた他の四人はそれぞれダッシュボードや前部座席に頭をぶつけてしまいました。どうしてそんなにも急に車を止めなければならなかったのかと思ったちょうど矢先に、思いも寄らなかった光景を私達は目撃したのでした。駐車されている車の間から、前方の、本来ならば私達が走っていたちょうどその場所に、おむつしかつけていないヨチヨチ歩きの子供が出て来たのです。私が祈ったので、神がその事故を未然にくい止めて下さったのでした!--オービル・ミッチェル |
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No 18
Date 2008・05・19・Mon
人生を楽しむためには人生は、しばしば、鉄道の旅にもたとえられます。
鉄道には、終着駅があるのと同様、地上での人生にも、限りがあるもの。 では、その人生をどう生きたらいいのか・・・。 ここにある婦人のようにならないように、気を付けて下さい。 あれこれこまごましたことに気を取られないで、今、生きていることを楽しみましょう。 下ばかり見ていないで、目をあげましょう。きっと素晴らしいものを発見するから。 オーストリア南部の山々を車窓から楽しめる鉄道がある。その列車の座席を、ある年配の婦人が予約した。 アルプス山脈の眺めは、どんなに壮大だろうと、前々からあこがれていた。 待ちに待ったその日、婦人は電車に乗るやいなや、この旅を最高に快適な旅にしようと考えた。 それからの数時間、彼女はハンドバックやポーチの中身を整理して、いろいろ取り出し始めた。 持参した小さなクッションを背もたれに置いては、あれこれ位置を調整してみたり、紅茶を注文し、サンドイッチのお弁当を開き、時刻表を調べ・・・ 時間はどんどん過ぎて行った。 いつも山々を見たいと言っていたのに、旅の目的はすっかり忘れ、山を見ることなどそっちのけで、取るに足らない事で時間をつぶしてしまったのだ。 だから、気づいた時には、山ははるかかなたに過ぎ去ってしまった・・・。 |
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No 17
Date 2008・04・11・Fri
ひとりでも・・・・あなたと出会ったことで
誰かが心にぬくもりを感じただろうか? あなたが話しかけたことを 誰かが覚えているだろうか? 今日という一日がまた過ぎようとしている 一日の労苦も終わった今 誰か、あなたに 優しい言葉をかけてくれる人がいるだろうか? 一日一日が素早く過ぎ去っていく 今晩、床について 今日出会った多くの人の内 ひとりでも助けたと、あなたは言えるだろうか? あなたの行いや言葉で ひとりでも喜びを感じただろうか? 望みを失っていた人が ひとりでも勇気づけられただろうか? |
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No 16
Date 2008・03・03・Mon
自分は欠点だらけと思っていますか?この話を読んで励まされました。 (LYNN)
ひびの入った水がめ インドで、あるしもべがてんびん棒の両端に大きな水がめを二つかけ、肩にかついで運んでいました。 一つの水がめにはひびがあり、主人の家に着く頃には水が半分に減っていましたが、もう一つの水がめにはひびが入っておらず、長い道のりを歩いた後でも、水はいっぱいのままでした。ひびのない水がめは、自分は役割を完璧に果たしていると思って、それを誇りに思っていました。 けれども、ひびの入った水がめは、自分の不完全さを恥ずかしく思い、課せられた仕事の半分しかできないことを嘆き悲しみました。 挫折感にさいなまれて1年がたちました。そんなある日、その水がめは川でしもべに告げました。「自分が情けない。本当に申し訳ない。」 しもべは、「いったい、何を申し訳なく思っているんだい?」と聞きました。 「この1年、私は半分しか水を運ぶことができませんでした。横にひびがあるので、あなたの主人の家に戻るまでに水がずっと漏れているからです。私がいたらないため、あなたに苦労をかけてしまい、本当なら運んでいるはずの水の量を運べないでいるからです」と水がめは言いました。 しもべは、ひびが入った古い水がめのことを気の毒に思いました。そして、思いやりをもってこう言いました。「主人の家に戻るまでの道路脇には、美しい花が咲いているよ。それをよく見ていてごらん。」 なるほど、丘を登っていくと古い水がめは、道の脇に暖かい日の光に包まれている美しい花々が咲いているのに気づきました。それで少し心が晴れるようでした。けれども、家に近づいてくると、やはり水が半分漏れているのでがっかりし、もう一度しもべに謝ったのでした。 しもべは水がめに言いました。「君は気がついたかい? 花は、もう一つの水がめの側ではなく、君の側に咲いていたよ。それは、私が君にひびが入っていることを知っていて、それを利用したからなんだ。私は、道路の君がいる方の側に花の種を蒔いておいた。そして毎日、水をくんだ帰りに、君は種に水をやっていたのだ。私はそこに咲いた美しい花をつんで、主人のテーブルに飾った。ひびの入った君がいなければ、主人の家を飾る美しい花もなかっただろう。」 私たちには皆、それぞれ欠点があります。皆、ひびが入った水がめなのです。けれども、私たちが心を委ねるなら、神はその欠点を使ってご自分のテーブルを美しく飾られるでしょう。神の完璧な秩序の中では、無駄なものは一つもありません。 |
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No 15
Date 2008・01・30・Wed
わたしが一人でも傷ついた人のこころをいやせたらもし私が一人でも傷ついた人のこころをいやすことが出来たら
私が生きていることは無駄ではなくなる もし一つの人生でも苦しみをやわらげることが出来たら 一つの痛みでも軽くし 一羽のこまどりでも弱り果てているのを 巣に戻してやれたなら 私の生きていることは無駄ではなくなる − エミリ−・ディキンソン |
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